有名な日本絵画

海外では”The Great Wave”という名で知られる「神奈川沖浪裏」は、日本美術を代表する作品として世界中に知られています。日本をイメージさせるアイコンともなったこの作品については、これまでにも数々の研究が行われてきました。この記事では、仁礼博恵氏がそうした北斎研究のいくつかについて解説します。

エネルギーに満ちている、威勢がいい、というイメージを与える絵です。「神奈川沖浪裏」は、版画・絵画・挿絵の巨匠、葛飾北斎(1760~1849)の代表作といえる作品です。

「神奈川沖浪裏」は、「富嶽三十六景」のひとつとして1831年に制作されました。イタリアの東洋美術研究者であるジャン・カルロ・カルツァ氏が執筆した『北斎』(2004年)は、北斎の生涯と経歴を時系列にまとめるという手法を使って、北斎の作品を広く紹介しています。

欧米や日本の著名な専門家によるモノグラフを集めた前半は、北斎研究の現状に対する優れた認識を反映した、大変充実した内容となっていますし、700点を超える数の図版も圧巻で、読者はこれらの図版を通じて北斎の魅力的な世界に浸ることができます。

「神奈川沖浪裏」の最大の特徴は、引き伸ばされた波が、その爪のような紋章を叩きつけて砕け散ろうとしているようすです。北斎が採用したプルシアンブルー(ベロ藍)は、イギリスから中国を経由してもたらされた紺色の顔料で、当時は目新しい物質だとされていました。津波が今にも怪物のように船に襲いかかろうとしています。まるで、とどまるところを知らない自然の力や人間の脆さを象徴しているかのようです。

北斎は幾何学的な用語を用いて、波と遠くにある富士山を絵に描いています。「Hokusai’s Mount Fuji: The Complete Views in Colour」の中で、フランス国立図書館の学芸員であるジョスリン・ブキヤール氏は、北斎の風景画の進化、技術的な才能、芸術的な手順について解説しています。

同書では、日本の文化や歴史上の出来事が北斎の傑作の数々にどのような影響を与えたのか、西洋の芸術界で北斎がどのように捉えられているのか、といったテーマについても言及されています。北斎の絵を深く理解するための出発点となる、充実した一冊です。39cm×26cmの小さな木版画には、人生において相反する2つの側面が描かれています。

手前には波があり、奥には富士山が見えますが、北斎がこの2つのシンボルを選んだのは、ヨーロッパ風の技法である遠近法を大変奇抜なやり方で取り入れるためだけではありません。この2つは、人生の不確実性も反映しているのです。富士山は、落ち着きや不死を表しています。日本という国を象徴するものであり、神聖なる信仰の対象として、日本の信仰の中でも特別な位置を占めています。

『北斎』(2009)の著者であるエドモン・ド・ゴンクール氏は、北斎の独特の美的スタイルが、19世紀半ば以降のヨーロッパの画家たちにどのような影響を与えたかを探究しています。

北斎の版画はヨーロッパ中に急速に出回り始め、その後 “The Great Wave” はさまざまな画家たちに幅広く影響を与えることになります。オランダのポスト印象派の画家であるフィンセント・ファン・ゴッホや、フランスの印象派の作曲家であるクロード・ドビュッシーも、北斎の影響を受けた芸術家たちです。日本は17世紀初頭、1639年頃には鎖国をしており、西洋文化との交流は一切禁止されていました。幸いなことに、鎖国の中から生まれたこの傑作は、今では世界中の美術展で認められ、愛されているといえます。